2021年5月号: 従業員の仕事ミスと会社に生じた損害の補填方法
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従業員の仕事ミスと会社に生じた損害の補填方法
企業経営者や幹部の方から、従業員の仕事ミスによって会社に損害が生じた場合や取引先や顧客への補償後、その損害を従業員に負担させること(「求償権」の行使)ができるか?従業員の給与や退職金から差し引くことができるか?といったご相談をお受けすることがあります。以下、対応のポイントをお伝えします。
従業員の責任制限
裁判例では、従業員が単なる過失によって会社に損害を与えた場合や会社が第三者に賠償した金額を従業員に請求(求償権)する場合、その全部又は一部しか会社の損害賠償請求や求償権の行使を認めない傾向があります。特に、会社側の労務体制、管理体制や教育体制の不備などの落ち度が大きい場合、請求の全部が認められない可能性もあります。
この制限は、使用者(会社)が被用者(従業員)を用いることで新たな危険を創造・拡大している以上、使用者は被用者による危険の実現についても責任を負うべきという法理(危険責任の原理)、使用者が自分のために被用者を使い利益を上げている以上、使用者は被用者による事業活動の危険を負担すべきだという法理(報償責任の原理)を基にしています。例として、高級時計店で配達を担当する従業員が、顧客宅への時計の配達中に時計を紛失してしまった場合、事故の可能性や損害の発生は、事業活動に含まれるリスクと言えるからです。
なお、従業員が故意や重過失によって会社や第三者に損害を与えた場合は除きます。
身元保証人に対する請求
入社時に身元保証人の設定があっても、身元保証人に対して無条件で会社の受けた損害の賠償を全額請求できるものではありません。「身元保証に関する法律」には下記が定められています。
- ① 保証期間(第1条、第2条)は、定めがあれば最長5年、ない場合は3年とされ、更新期間も最長5年、自動更新の規定は無効。
- ②使用者から身元保証人への通知義務(第3条)として、労働者本人に業務上不適任又は不誠実な事跡があり、身元保証人がその責任を問われるおそれがある場合や人事異動などで保証人の責任が増加する場合に使用者は身元保証人に通知する義務。
- ③身元保証人からの解除権(第4条)。
- ④保証責任の限度等(第5条)として、使用者の過失の有無、身元保証を引き受けるに至った経緯、身元保証人の注意の程度、労働者本人の任務・身上の変化等一切の事情を考慮して裁判所が決めること。
- ⑤この法律に反する身元保証人に不利な合意や特約は無効。また、2020年4月1日以降に締結する身元保証契約については、民法改正によって身元保証人の保証額上限を定める必要があります。今後の身元保証契約については、保証額の上限を定めない場合、身元保証契約が無効となる可能性があるため、注意が必要です。
従業員に賠償を負担させる方法
会社が受けた損害を、会社が一方的に従業員へ支払う給与と損害分を相殺(天引き)することは、労働基準法の給与全額払いの原則に反するため、法的に無効です。
もっとも、裁判例では、従業員の自由な意思に基づくものと認められる合理的な理由が客観的に存在するときのみ、従業員の同意を得て行う給与との相殺を認めています。
そのため、裁判になれば、給与からの天引きについて従業員の自由意思があったかどうかが厳しく判定されます。同意取り付け時には「給与天引きに同意しなければクビにする」「同意しなければ告訴する」などの脅迫は用いてはいけません。また、協議時のやり取りをメールや録音で残すことが必要です。そして、損害全額を従業員に負わせることはできません。例として、会社の受けた損害額が400万円であれば、従業員の負担を毎月3万円3年間分割支払いとし、無事分割払いが完了した場合は会社が残額の請求権を放棄する、といった緩和条件での天引き合意をお勧めします。
退職金の不支給・既払い退職金の取り戻しは、就業規則での規定が必要です。
なお、従業員が故意ないし重過失で会社に損害を与えた場合は、上記と異なり、損害賠償全額の請求を検討することになります。
企業賠償責任保険に加入を
上記のように、従業員が第三者や会社に損害を与えた場合、賠償を負担させる法的な方法にはハードルがあります。そのため、万一の事態に備えて、企業総合賠償責任保険などへの加入を積極的に検討すべきです。
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【東京法律事務所】
代表弁護士:谷 靖介(たに やすゆき)- プロフィール
- 東京弁護士会所属。明治大学法学部卒業後、2002年(旧)司法試験合格。2004年弁護士登録(司法修習57期)。リーガルプラスの代表として複数の法律事務所を経営しつつ、弁護士としては主に中小企業の法務労働問題、相続紛争業務を担当する。2019年千葉県経営者協会労働法フォーラム(働き方改革)、弁護士ドットコム(法律事務所運営)などの講師を務める。また、NHK、テレビ朝日、FLASH等のメディア取材や日経ヘルスケア、医療介護専門誌への寄稿も多数。趣味は読書、旅行。
交通事故解決事例
Aさんは、赤信号で停止中に後方から追突され相手方に過失が100%ある事故でした。
Aさんはこの事故により腰椎捻挫・頸椎捻挫の診断名を受けました。
事故から 5 か月が経ち、相手方保険会社から「来月から治療費の支払いはできない」と言われました。まだ事故による痛みは継続しており通院したいです。どうしたらいいですか。
A1 まずは主治医に相談
相手方保険会社は、事故から3~6か月を目途に治療費を打ち切る傾向にあります。それは、いわゆるむち打ち患者の大半は、3~6か月で治癒又は症状固定(治療しても症状が改善しない状態)となるという医学論文等を根拠としています。しかし、事故状況や治療状況には個人差が大きいことから、症状固定等の判断は主治医が行うべきものです。
そこで、治療費打ち切りの連絡があった際は主治医に相談し、症状固定なのか、治療継続すべき状態なのかをご相談ください。主治医が、治療を継続したほうが良いと言う場合には、その旨相手方保険会社に申告し、治療費の支払いを求めます。
A2 治療費が支払われない場合には健康保険や労災の検討を
主治医が治療を継続したほうが良いと言っているにもかかわらず、相手方保険会社が治療費を支払わない場合には、健康保険あるいは労災に切り替え、主治医が症状固定と判断するまで通院を継続しましょう。
A3 主治医が症状固定と判断したら後遺障害申請の検討
主治医が症状固定の判断をした場合には、後遺障害申請するか検討します。
後遺障害申請で等級が認められた場合には、症状固定日までの治療費を加害者側で負担することが多いです。
Aさんは、事故後5か月で治療費の支払いが打ち切られました。その後、Aさんは自身の健康保険で3か月間治療を継続し、症状固定後に後遺障害申請をしました。そして後遺障害等級14級に認定され、Aさんが一時負担した治療費も、最終的に全額支払われました。
弁護士が関わった意義
1 事件解決までの見通しがつくこと
Aさんは、相手方保険会社から治療費の打ち切りの連絡を受け、困惑して当事務所にお越しになりました。そこで、Aさんには治療費支払いの打ち切り後の対応の仕方をお伝えし、当事務所が代理人として後遺障害申請をさせていただきました。
2 不合理な相手方保険会社の主張に対抗できたこと
相手方保険会社に対しては、認定された等級と主治医の判断した症状固定日をもとに賠償請求しました。すると、相手方保険会社からは、事故後5か月の時点で主治医は症状固定の判断をしていたとして、資料が送られてきました。しかし当事務所で再度の医療照会や後遺障害認定資料をもとに反論し、当事務所の主張通りの治療期間と治療費で示談することができました。
Aさんは、初めての交通事故で不安が多かったとのことでしたが、依頼から解決までの事件の見通しをつけることができ、納得の上で前に進んでいただくことができました。また、保険会社からの主張にも適切に反論することで適正な賠償額を獲得することができ、Aさんに喜んでいただくことができました。