介護ニュースレター

Vol.30: 介護事故における民事賠償責任について(1)

2024年8月 Legal Care News Vol.30 PDFで見る

今回のニュースレターでは、介護事故における民事賠償責任について取り上げました。
安全配慮義務を構成する要素や、安全配慮義務違反の有無を民事訴訟で争った場合に要する時間や介護事業者の負担などを解説します。

1、介護事業者の民事賠償責任

介護事業では、一定の確率で、介護施設内や利用者の自宅内において、転倒、転落、衝突、骨折、誤嚥などの事故が発生します。特に施設型の介護事業の場合、介護事故を完全にゼロにすることは現実的には困難でしょう。
そして、介護事業者に「安全配慮義務違反」がある場合には、利用者に対する民事賠償責任が発生します。
安全配慮義務とは、介護事業者が、介護サービスを提供する際に、利用者の生命や身体といった権利を侵害せず、安全かつ適切な介護サービスを提供すべき義務を指します。

安全配慮義務の構成要素

同じ人身被害が生じる事故である交通事故では、道路交通法や自賠責保険、過去の大量の裁判例を基に形成された裁判官の判断の枠組みが確立されています。他方で、介護事故では、その判断の枠組みが形成されていません。
介護事故における安全配慮義務の法律構成は「債務不履行」という民法の基本的な法律構成に基づくもので、介護事故に関する特別法も未整備です。
そのため、介護事故が発生した場合の介護事業者の安全配慮義務違反の有無については、実際の事故ごとに個別に検討・評価していかざるを得ません。
介護事業者が安全配慮義務に違反していたかどうかは、①介護事業者が事故の発生を予見できたか、②事故の回避措置を怠ったかの視点から分析されます。
具体的には、一般的な介護技術や介護水準に達していたか、リスクマネジメント対策や事故防止体制、厚生労働省のガイドラインや通達の内容とその実践状況、利用者のADLや残存能力、認知状態、ケアプランや事故時の人的物的体制、事故の防止体制、事故の発生原因、職員の不注意の具体的内容、事故前後の職員の行動などに加えて、介護記録の事実経過、職員の説明、利用者や利用者家族の説明などをふまえて判断されます。
死亡事故などの深刻な事故でも介護事業者が安全配慮義務を十分に実践していたならば、民事賠償責任は発生しません。他方で、軽微な事故でも介護事業者に安全配慮義務違反がある場合は、民事賠償責任が発生します。

3、介護事故が訴訟になると

介護事業者の安全配慮義務違反の有無について、利用者やその家族と介護事業者側で、争いが生じて、話し合いや交渉で解決が図れない場合、訴訟に至ってしまうことがあります。
そして、民事訴訟において被告となった介護事業者の安全配慮義務違反の有無が争点となった場合、原告側と被告側が交互に安全配慮義務違反の有無について、詳細な主張・立証を尽くすことになります。上述した安全配慮義務違反の有無について、裁判官が判断することになります。
民事訴訟の訴訟期日の進行は、通常、月に1回程度、年に10回前後となります。そして、安全配慮義務違反の有無が争点となった場合、その争点の訴訟上の攻防・裁判官の心証形成までに1年以上の期間を要することが多いといえます。
事故時の担当職員や管理職などへの事実確認や訴訟での反論資料の作成などのために多大な労力が掛かります。
訴訟で和解が成立しない場合、一審及び控訴審の終了まで通常3年程度の期間を要します。

4、施設の管理者や職員個人の責任

基本的には、施設の管理者や職員個人は、利用者と直接の契約当事者にはなく、契約上の債務としての安全配慮義務を負いません。そのため、訴訟の現場でも、施設の管理者や職員が賠償義務を負うケースはほとんどありません。
ただし、施設の管理者や職員の重大な過失や故意による事故の場合は、不法行為責任を問われることもあります。また、職員の故意による転落事故などは、業務上過失致死傷罪などの刑事責任に問われます。

弁護士法人リーガルプラス代表弁護士 東京弁護士会所属
介護法務研究会(C-LA)代表
谷 靖介(たに やすゆき)
石川に生まれ、東京で幼少期を過ごす。1999年明治大学法学部卒業、2004年弁護士登録。日本弁護士連合会の公設事務所プロジェクトに参加し、2005年、実働弁護士ゼロ地域の茨城県鹿嶋市に赴任。翌年には年間500名以上の法律相談を担当し、弁護士不足地域での法務サービスに尽力する。弁護士法人リーガルプラスを設立し、複数の法律事務所を開設し、介護医療事業への法務支援に注力。経営者協会労務法制委員会講師を務めるなど、講演経験やメディア出演も多数。

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