Vol.9: 判断能力が低下した高齢者を取り巻く法律問題
- 2019年5月 Legal Care News Vol.9 PDFで見る
弁護士の業務にあたって「判断能力が低下した高齢者」にまつわる様々な法律問題に直面します。今回は、認知症が進行するなど判断能力が低下した方を取り巻く様々な問題の概観をお伝えます。
一. はじめに
民法では、社会生活に伴う契約などの法律行為を独立して有効に行うことができる能力を「行為能力」といい、行為能力を制限された者は「制限行為能力者」、行為能力がない者は「行為無能力者」と言われます。制限行為能力者の典型は未成年者です。行為無能力者の典型は成年被後見人(成年後見人がついている人)です。
成人年齢の変更は法改正で話題となっていますが、これは、成人年齢になれば、社会生活を送る上で必要な法律行為を自分自身で行うべき、すなわち、「成人年齢(18歳)に達する」という時間軸から、一定年齢に達した者に完全な行為能力を付与するものです。
他方で、高齢者の場合、「一定年齢になった場合、行為能力が自動で制限される」という制度はありません。加齢に伴う認知症の症状進行は個人差が大きく、若年性アルツハイマーなど若くして判断能力が低下する方もいれば、亡くなる時まで判断能力が全く低下しない方やほとんど低下しない方も多いからです。
民法では、判断能力が低下してしまった方をサポートする制度として、任意後見制度と法定後見制度(成年後見、保佐、補助)が設けられています。
二.判断能力低下後に変容する法律問題
法律実務では、判断能力の有無はとても重要です。というのは、判断能力が低下してしまうと「自分の法律問題を自分の意思に基づいて、自由に判断すること」が非常に難しくなってしまうからです。
未成年者であれば親権者などの法定代理人(代理人の一種で法律により代理権を有することを定められた者)がついており、法律問題の対処は容易なのですが、認知症が進行した高齢者には、自動で成年後見人がつくことはありません。また、成年後見制度は運用が硬直的なため、下記のような場合、柔軟な解決が難しくなりがちです。
- 自宅などの不動産の贈与や売却
あらかじめ贈与契約や売買契約を締結していたり、行政の土地収用などの特殊事情がない限り、成年後見人は不動産の贈与や売買を行うことはできません。また認知症の高齢者の場合、死亡するまでは不動産の処分ができない事態になりがちです。 - 公正証書遺言の作成
判断能力が低下した後に公正証書遺言を作成しようとしても、公証人が遺言内容を判断する能力がないとして、公正証書遺言の作成を拒否されることがあります。
その場合、家族が本人に自筆証書遺言などを書かせてしまい、後に、遺言内容が無効などのトラブルに拡大することがあります。
判断能力がしっかりしている間に公正証書遺言を作成しておくことが必要です。 - 自分が相続人となっている遺産分割
判断能力がない方が遺産の相続人となっている場合、その方の自由意思で遺産の放棄や取得はできません。
遺産分割のためだけに成年後見人をつける必要があり、成年後見人は『法定相続分』での取得を前提に行動することになり、柔軟な分割は難しくなってしまいます。
上記の他にも、信託契約の組成、祭祀承継者の決定、墓地や死後の事務処理、任意後見人の選任なども困難になります。
自身や家族の判断能力が低下した後では、できない法律行為がとても多く、あらかじめ専門家へ相談をし、判断能力が低下した時に何をすべきか、整理をして備えておくことが大切です。
-
弁護士法人リーガルプラス代表弁護士 東京弁護士会所属
介護法務研究会(C-LA)代表
谷 靖介(たに やすゆき)
石川に生まれ、東京で幼少期を過ごす。1999年明治大学法学部卒業、2004年弁護士登録。日本弁護士連合会の公設事務所プロジェクトに参加し、2005年、実働弁護士ゼロ地域の茨城県鹿嶋市に赴任。翌年には年間500名以上の法律相談を担当し、弁護士不足地域での法務サービスに尽力する。弁護士法人リーガルプラスを設立し、複数の法律事務所を開設し、介護医療事業への法務支援に注力。経営者協会労務法制委員会講師を務めるなど、講演経験やメディア出演も多数。