利用者と事業所職員のトラブル
介護職員による虐待防止
介護現場での虐待件数について(厚生労働省)
介護現場での職員による虐待が社会問題化しています。介護現場における、職員の利用者に対する虐待件数は増加傾向にあります(厚生労働省・平成26年度「要介護事業者等による虐待」)。調査結果について、高齢者虐待防止法を軸にした取り組みが進んだことによる件数の増加とみるか、一方で「相談・通報件数」よりも高い「虐待件数」の増加率から、全体として虐待件数が増えたと考えるのかは判断が難しいところです。
しかし、虐待内容が「身体的虐待」とされる割合が多く、刑事事件となる余地も含まれています。そのため、次に述べる、事業運営自体に対する社会的評価の低下が懸念されます。
虐待の種類
施設における虐待としては、主に以下の種類の虐待が考えられます。
身体的虐待 | 利用者に対して、暴力的行為を働いたり、威嚇したりすることです。身体的虐待は、虐待の中で最も高い割合を占めます。殴る・蹴るなどの暴力、本人の意思にそぐわず、嫌がっている状態で車イスやベッドに身体を拘束する、過剰な投薬をして身体を拘束することなでず。 |
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心理的虐待 | 心理的虐待とは、暴言・威圧・侮辱・脅迫・無視など、言葉の暴力や脅迫的言動によって、高齢者の意欲や自立心を低下させる虐待行為です。 |
介護放棄 | 必要な介護や支援を怠り、生活環境を悪化させたり、心身に支障をきたす虐待行為です。入浴や排泄の世話をせず不衛生な環境で生活させたり、介護のために必要な機具を使わず、身体機能を低下させることなどです。 |
万一、事業所側に落ち度がある虐待事案では、介護事故と同様、謝罪、事実調査を進め、再発防止策、関与職員への処分などの実施が不可欠です。ニュースに取り上げられるなどした場合にはマスメディアへの危機管理広報など、各方面への適切な対応が必要です。
虐待事案発生時の事業運営リスク
職員の身体を触る、性的な発言を行うなどのセクハラを行う困った利用者がいます。強制わいせつのような犯罪行為の場合には、刑事事件となる可能性があります。セクハラ行為が止まない場合や強制わいせつレベルのセクハラ行為を繰り返す場合は、退去処分などの厳しい警告措置を進めます。重い犯罪となることを警告する、などの毅然とした対処が必要です。退去処分や刑事手続きの可能性について、弁護士に相談されることをお勧めいたします。
不当要求への対応方法
虐待はひとたび発生すると、事業所の社会的な信用を著しく低下させます。介護事業者は利用者を養護する役割を社会で期待されています。虐待によって失った信用を取り戻すのは容易ではありません。
また、虐待被害を受けたと利用者・ご家族から訴訟を起こされた場合、
- 時間がとられる(1審・2審と続く場合、1年以上の裁判)
- 費用がかかる(弁護士費用、資料収集など)
- 手間がかかる(証人尋問など裁判所への出廷など)
- 職員の意識低下(職員の就労意欲・意識の低下、業務における萎縮など)
など、事業運営リスクが高くなります。
そのため、いかに任意での話し合いの中で、利用者・ご家族に事業者としての誠意を伝え、ご納得いただけるかが重要になってきます。
保険報酬への影響
特別養護老人ホームなどでは、入所者の身体拘束を巡り、施設ごとに独自の指針作成が義務付けされています。職員向けに分かりやすい指針としたうえで、拘束の判断が適切だったかどうか検証する委員会の開催なども義務化されます。
身体拘束は基本的には「高齢者虐待」に該当して禁止されていますが、他人や自分を傷つける可能性が高いなどのやむを得ない場合に限って、認められています。
(1)判断基準などを分かりやすくまとめた職員向けの指針の作成、(2)身体拘束判断の検討委員会の3カ月に1回以上の開催、(3)身体拘束をなくしていくための研修会の定期開催などが義務づけられます。身体拘束のルール違反をした事業者の介護保険報酬が減らされるため、施設側にとっては、これらルールの順守は必要不可欠です。
高齢者虐待防止法を軸にした取り組み
職員による虐待の原因は、教育・知識・介護技術に関する問題、ストレスや感情コントロールの問題となっています。高齢者の人権や職員についての倫理教育だけでは虐待を防ぐことは難しく、介護技術が乏しい職員のストレスが蓄積し、利用者への感情になるという悪循環があります。
認知症ケアについては、職員の知識や技能が不可欠です。また、虐待のおそれがある行為を見逃さない組織風土の形成も不可欠です。以下のような取り組みを進め、研修や教育の実施、介護技術・認知症への知識強化、職員のストレス対策、万一の虐待事案発生時の報告体制整備なども必要となります。
- 虐待を許さない組織の文化風土作り
- 虐待の兆候チェック
- 職員が虐待をする心理や原因の分析
- 虐待を防ぐ仕組みやルール作り:特にミスやトラブル、利用者との関係の悩みを速やかに相談・報告できる現場の関係作り
- 少数スタッフでの運営の工夫:人員配置調整、ヘルプ体制の拡充
- 介護知識・技術の向上:例えば、食事に協力しない利用者への食介への知識・技術訓練などです。
職員の資質の向上介護倫理・虐待防止研修
基本的な知識の研修は必要ですが、同時に、良心による判断と行動を促すように働きかける知識は実践を伴わなければ意味がありません。現場における判断・行動の基準は、利用者の立場に立って、ケアの目的とケアの本質を踏まえた内容である必要があります。
高齢者虐待防止法により求められる利用者からの苦情処理体制に、外部の弁護士を活用することも考えられます。